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ねぇTom、最近うちの子、自己主張が強くて…。おもちゃも「全部自分の!」って感じで、正直ちょっと心配になってきたよ。

ああ、それわかる。おやつもおもちゃも独り占めしようとするし、なかなか譲れないんだよね。

まだ1歳とはいえ、これって“わがままな子”になっちゃうんじゃないかって不安で…。

でもね、最近読んだ本に「やさしさや思いやりは、親の関わり方で育てられる」って書いてあってさ。

えっ、性格って生まれつきじゃないの?どう接すればいいんだろう?

ポイントは、“共感力”を育てることらしいよ。感情を認めてもらう経験が、思いやりの土台になるんだって。

なるほど…。じゃあ叱るより、気持ちに寄り添う方が大事なのかもね。
「この子、ちょっと自己中心的すぎるかも…」わがままな行動に悩みながらも、「思いやりのある子に育ってほしい」と願うのが親心です。本記事では、家庭でできる“共感力”の育て方をご紹介します。
やさしさや思いやりは、生まれつきではなく「育てられる力」。正解を教え込むのではなく、子どもの心を育てる“日常の関わり方”にこそヒントがあります。
わがままは成長の一過程。そこから「他人の気持ちを考えられる子」に育てるために、親としてできることを一緒に探っていきましょう。
わがままは“性格”ではなく、未熟な脳の状態からくる自然な反応です。正面から叱るよりも、「感情を言葉にする経験」が思いやりの第一歩になります。
「相手の気持ちを想像する力」は、教えるものではなく、日々の関わりでじっくり育まれます。親が“感じる力”を見せることで、子どもも他者の感情に気づけるようになります。
特別な教育やしつけは必要ありません。日常のやりとりに“共感・声かけ・見守り”を取り入れるだけで、思いやりは自然と育っていきます。

著者 | メリンダ・ウェナー・モイヤー |
出版社 | ディスカヴァー・トゥエンティワン |
出版日 | 2022年10月21日 |
ジャンル | 子育て・教育法 |
子どもが「わがまま」に見えるのは、感情のコントロールや言語化がまだ未発達だからです。なぜなら、脳の発達段階では、乳幼児はまだ自分の気持ちを整理したり説明したりする力が備わっていないからです。
本書では、子どもは自分の気持ちをうまく扱えないがゆえに、自己中心的なふるまいをしてしまうと述べられています。つまり、わがままは「困った性格」ではなく「自然な成長の一部」なのです。
たとえば、「もっと遊びたい!」と泣き叫ぶ姿は、単に親を困らせたいのではなく、「楽しい気持ち」をどう表せばよいかわからないから起こるもの。ここで大切なのは、すぐに叱るのではなく、「遊びたかったんだね」「楽しかったんだね」と気持ちを代弁してあげることです。
この“代弁”こそが、子どもにとって「自分の気持ちはわかってもらえる」という安心感を与えます。そうした安心感の積み重ねが、他人への共感の土台になるのです。
私も「そんなに泣かないの!」と言ってしまいがちでしたが、共感の言葉を先にかけると、気持ちが落ち着くのか、子どもの反応が変わるのを少し感じました。つまり、わがままな行動の裏には「うまく言えない感情」がある――それに気づけるかどうかが、親の大きな役割なのです。
子どもの中に“他人を思いやる気持ち”を育てるには、まずは親がその子の感情に共感する姿勢を持つことが不可欠です。なぜなら、思いやりとは「自分がされたことを、相手にも返したい」という経験ベースの感情だからです。本書では、思いやりの芽は「自分が共感された」という経験から生まれると述べられており、教え込むものではないと強調されています。
たとえば、転んで泣いたときに「痛かったね」と言ってもらえた子どもは、自分が受け取った“やさしさ”を心に刻みます。それがいつか他人に向けて「大丈夫?」「痛かった?」と声をかける力に変わるのです。
反対に、常に「泣かないで」「我慢しなさい」と抑えられて育った子は、自分の感情にフタをしてしまい、他人の気持ちにも鈍くなりがちです。私自身も、子どもが泣いたときには「泣くのはダメ」ではなく、「どうしたの?」と共感から入るように心がけています。すると、子どもが他の子に優しく接する場面が少しずつ増えてきた気がします。
やさしさは教えるものではなく、“見せて受け取らせる”ものなのかもしれません。つまり、思いやりのある子に育てるには、まず親が“共感される嬉しさ”を日常で体現することが出発点なのです。
思いやりを育てるうえで欠かせないのが、子どもの“やさしい行動”に気づき、それを言葉で認めてあげることです。なぜなら、子どもは「自分のどんな行動が人に喜ばれたのか」をフィードバックされることで、価値観を育んでいくからです。本書では、「共感や思いやりを行動に移したとき、それを言葉でフィードバックすることが重要」と紹介されています。
たとえば、「ぬいぐるみ貸してくれたね。お友だち嬉しかったと思うよ」といった声かけは、やさしさを“意味のあること”として子どもに伝えます。子ども自身も「こういうときにこうすると相手が喜ぶ」という経験を重ねることで、自然と“思いやりの型”が身についていきます。
私も、子どもがおもちゃを拾って私に渡したとき、「ありがとうって渡してくれたの、やさしかったね」と言ってみました。すると、照れたような顔をしながらも、また同じような場面でやさしい行動を繰り返すようになりました。叱るより“気づいてほめる”ことが、子どもの価値観をつくっていくのだと実感しています。
思いやりを行動に変えるには、親の言葉が「やさしさの鏡」になる必要があるのです。つまり、子どもがやさしくなっていくには、まず親が“やさしさに気づく目”を持ち、言葉でそれを伝える習慣をつけることが大切なのです。
子どもが泣いたり怒ったりしているときは、「どうしてこんなことをするの?」ではなく、「〇〇したかったんだね」「悔しかったんだね」と気持ちを言葉にして返してみましょう。言葉にしてもらえることで、子どもは「自分の気持ちは大事にされている」と感じるようになります。感情の言語化が、共感力の第一歩です。
誰かの失敗や悲しみに対して、親が「それはつらかったよね」「気持ちわかるよ」と言葉にしている姿を、子どもはしっかり見ています。身近な人やテレビの中の出来事でもOK。親が共感する様子を見せることが、思いやりのモデルになります。
子どもが誰かにおもちゃを貸した、手を引いてあげた、優しく声をかけたなど、小さなやさしさを見つけたときはすぐに言葉で伝えましょう。「ありがとう」「やさしかったね」「うれしかったよ」といったフィードバックが、“やさしさ=大切なこと”という意識を育てます。
本書は具体的な子育ての場面を想定した実践的なアドバイスが豊富で、すぐに家庭で取り入れられる内容が多いです。科学的な根拠に基づく手法が紹介されており、信頼性のある内容となっています。ただし、生活状況や文化によっては適用が難しい例も散見されるため、満点には届きませんでした。もう一歩踏み込んだカスタマイズや家庭状況別の工夫があればさらに高得点でした。
語り口がやわらかく、著者の個人的な体験談や子どもの反応なども交えており、とても読みやすい構成です。難しい用語や概念も、日常的な例や具体的なシチュエーションを通して丁寧に説明されています。章ごとのまとめや繰り返しの強調も効果的に使われていて、理解が深まりやすいです。一般の読者を対象とした書き方に徹しており、教育や心理学の知識がなくても読み進められます。
あらゆる年齢層の子どもを対象としており、さまざまな家庭環境に向けたアドバイスがちりばめられています。テーマも「わがまま」「いじめ」「性差別」「やる気」など多岐にわたり、幅広く応用できます。ただ、やや米国文化に根ざした事例が多いため、日本の家庭には直接合わない部分も一部ありました。その点で、あと一歩の広がりが求められます。
ユーモアを交えた軽快な語り口で、分量が多いにもかかわらずスイスイ読めてしまいます。例話と解説のバランスが絶妙で、冗長さを感じさせない工夫が随所に施されています。著者の個性や感情が自然に伝わるため、読者として共感しやすい構成になっています。長文の中でも適宜段落分けや太字のような視覚的整理がされていれば、さらに親切だったかもしれません。
心理学や発達研究に基づく知見が豊富に紹介されており、引用も適切で専門的な裏付けがあります。論文や専門家の研究成果をわかりやすく翻訳している点が評価できます。ただし、専門書というよりは一般書の範疇であるため、あくまで入門〜中級向けのレベルです。より厳密な方法論やデータ解釈に興味がある読者には物足りないかもしれません。

読んでみて思ったけど、わがままって“性格”じゃなくて“育つ途中”なんだね。

そうそう。感情の言葉を知らないから、表現が乱暴になるだけなんだって。

それを親が「ちゃんとわかってるよ」って伝えてあげるのが大事なんだね。

うん、共感してもらった経験があるからこそ、人にもやさしくできるって理屈、すごく腑に落ちたよ。

最近、友達におもちゃ貸せたときも、ちゃんと「ありがとう」って声かけてみたら、嬉しそうにしてたなぁ。

それだけでも思いやりの芽が育ってる証拠かもね。
思いやりのある子は、生まれつきではなく“育てられる子”。感情に寄り添い、やさしい行動に気づいて言葉で返す――その日々の積み重ねが、やさしさの土台をつくります。